想い出の愛犬ラサアプソ


ラサアプソとの出会い

我が家の一員になった頃のエマカミさんと一緒になって10年目の頃、勤めの傍ら、その頃流行っていたセントポーリアに、カミさんは夢中になっていました。しかし、何かが物足りなかったのか、犬のブリーダーになると言い出しました。

つまり、犬を飼いたいと言い出したのです。

自分としては、犬も猫も苦手で猛反対していたのですが、とうとう押し切られ、逗子のスーパーマーケット「スズキヤ」の掲示板で、ラサアプソの子どものを売りたいと言う情報が張られていたのを見つけ、それには、『無駄吠えしない』とあり、ラサアプソの事には全く無知だったのですが、ブリーダーの家も近かったので、ある日、電話をかけてみました。


数日後、そのブリーダーのお宅に訪問し、子犬を見せてもらいましたが、兄弟4匹のうち唯一の女の子を人目で気に入りました。
その子が余りにも可愛いかったのと、犬は苦手だけど、女の子なら大丈夫だろうという思いがありました。

しかし、その子は既に行き先が決まっており、「男の子ならあきらめよう。もしその女の子の行き先からキャンセルが入ったら、お願いしよう」ということで、その日は帰ってきました。


何日かして、ブリーダーから電話があり「女の子の行き先から断わりが入って来たから、どうぞ!」と連絡が入りました。

カミさんが喜んだのは言うまでもありません。
そして、カミさん曰く、「夢の中で、その女の子が我が家に来るのを見たのよ!その時に、名前もエマと決めたの!」と言います。

不思議な繋がりがあるのかもしれない、なんて、そのとき思ったものです。


ラサアプソのエマとの生活が、そこから始まりました。

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愛犬ラサアプソ(エマ&マイ)

エマと子どもたち1984年12月から2005年12月までの21年間を振り返り、この子たちを通して感じた、ペットとの暮らしを紹介していきます。

エマ(1984年生)、女の子です。
マイ(1989年生)、エマの三男坊です。

エマは1984年12月の末に家族の一員になり、21年間のラサアプソとの生活がスタートしたのです。

1989年、エマは、三匹の子犬を出産しました。
ピーピー鳴いてばかりいたピー。前足の片方の先だけ、グローブのように色が変わっていたグローブ。生まれた時からマイペースなマイ。三匹とも最初から譲るつもりでしたから、何も考えず、見たままで名前をつけてしまいました。ピーとグローブはすぐに新しい家族の元へいきましたが、マイは生まれた時から皮膚に少し問題があった為、なかなか決まりませんでした。
でも、やっとマイを家族の一員として向かい入れてくれる方が見つかり、これで一安心と思いきや、先方様の犬と折り合いが悪く2日で、出戻ってきました。
生まれた時からマイペースなマイは、「マイペース」、言い方は良いけれど、悪く言うと「我が儘」、仕方がありません、エマには我慢をしてもらい、その日から我が家の一員です。

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ペットロス症候群

笑ってるようなマイ当ホームページの「ラサアプソのページ」にエマとマイの写真集は掲載してきましたが、今までエマとマイの事については、何も書いてきませんでした。

書いてないと言うより、書けなかったのです。

1997年7月2日にエマは、肺に水が溜まり、苦しんで苦しんで天国へ旅立ち、2005年12月10日にマイは老衰で旅立ちました。

最近になり、やっとペットロス症候群から抜け出し、ブログをはじめる気持ちが出て来た訳です。

エマは旅立ってから9年、マイは9ヶ月、この違いは何でしょうか?

マイは痴呆になり、大変な思いをしながらも、最後まで面倒を看てあげる事ができ、心の準備も覚悟も出来ていましたから、マイに対してはペットロス症候群はそれほどありませんでした。

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